コロナ禍で学んだ事

①ワクチン接種をしました。「平常心」

医療従事者枠の不正をしたのではなく、正規の高齢者枠です。 身近なところで、手が上がらない・熱が出た等の情報があったので、不安もありました。接種後、家に帰ると「手がしびれていない?フラフラはない?」と心配な顔で尋ねられると、それだけでフラフラしそうな気もしました。つまりコロナ脳という言葉がありのすが、自分の脳は、それなりの判断で平常心を保つことが大切だと思いました。

②持続可能な社会の実現。「地球の生き物等の一つにすぎない」

ウイルスだって、持続可能な生存を考える訳で、人間が絶滅する事を決して望んでいる訳ではなく、弱毒化して広く人間と共存する道を選ぶと思います。当然の事です。それにしても この大層なお題の社会の実現は、人類主体で目標を可能にするという意味でしょうか。

③コロナ後の対策について 「先の事は分らないという事が分かった」

最近 行政機関からアンケ-トが実施されて、例えば 今回の減収減益をいつまでに回復できるか、と言うような問いがありました。「わからない」に回答しました。今後の事など、「わからない」のです。その時々に、自在に対処するしかありません。ウイルス対処と同じです。

④獲得免疫の有効性 「空気の力量」

体内に有するウイルスの獲得免疫は、それなりの効果を発揮するという文章を読みました。企業においても、様々な苦境に対処した獲得免疫、つまりプロセスがその企業の財産となり得ると思います。ソニ-の社長でしたか、随分昔に「企業はアメ-バ-の様に」と言われたフレーズを時々思い出します。自在に時代を生き抜く柔軟さが常に必要だという事です。それは「制度」化することのできない「空気」のようなものですが大切なものだと思います。

⑤分からない先の事に苦慮しない 「今を生きる」

俗な言葉で締めくくりますが、「今」出来る事を「する」それだけ。

 

田植えも終わり、カエルの合唱も日増しに大きくなり、会社周辺の状況は「きれい」におさまっています。